院長の余白


院長の余白 “油断禁物”(2026年4月23日・雨)

在宅医療でも、診察は”open question”から始まります。
医師が患者さんに向かって 「どうしましたか〜」 と語りかける、あの最初の一言です。
患者さんが ”ご自身の言葉で” 語り始めるのを、まずは一通り、じっと聞きます。
話がそれるようであれば、軌道修正を促して必要な話を聞き取っていきます。

多くの方は、
「今日はこれを言いたい」 という“ネタ”を心の中で準備して、訪問診療を待ち構えてくれているので、
診察が始まるとすっと本題に入っていきます。

……ただ、そうではない方もいるのです。

”在宅酸素”を使い、歩くのもやっとのご高齢の方がいました。
診察が始まると、その方は本題とはほぼ関係のない話を 15〜20分、息つく間もなく語り続けます。
私が軌道修正する余地は、まったく与えてくれません。

「やれやれ、どうやらお元気で“著変なし”だ。今日はこのあたりで引き上げるか……」
と私が腰を上げた、その瞬間──
『ああ、そういえば、ここ最近ね、夜に胸が痛かったね。』
な、なんですと!?…… 慌てて座り直す羽目になりました。

すこし離れたところで診察を見守っていた娘さんも、
『なんで最初に言わないの……』 と脱力されていました。

単純に「話が飛ぶ」ケースは、在宅でも無いわけではありません。
しかし──
『胸が痛かった』『息が苦しかった』──
そんな医師にとっては重大な言葉を、長い雑談の最後にまるでついでのようにさらっと口にされる。
軽やかに、うっかりすると聞き逃すようなタイミングで。

しかも、こんなことが一度ならず、二度、三度…
本当に、希有なお方でした。



院長の思い出話 「小バエがブンブン」

思い起こされる、とある一例。
支援の手が届きにくい場所に、ひとりでお住まいの高齢女性。
そのお宅の玄関を開けると、数時間は鼻の奥に残りそうな重い匂いが立ちのぼりました。
タタキをあがり、両側にモノが積まれて獣道のように細くなった廊下をたどると、ようやくキッチンにたどり着きます。
ダイニングテーブルには通販で買ったと思われるモノが積まれて地層となり、ひとつの山をなしていました。
シンクは……文字にはできない惨状。
同行していた看護師が、黒い液体でベタベタした床に置かれていた買い物袋に軽く触れた瞬間、ぶわっと小バエが湧き上がりましたが、『きゃっ』とか声を上げなかったのは、さすがでした。

『この部屋の、何が問題なの?』『別に、困ってないわ。』
そう明るく言う、この部屋とは不釣り合いにこぎれいな身なりの部屋の主。

ケアマネは室内に入らせてもらえない。
私らは数回の交渉の末にようやくキッチンまでたどり着きましたが、その奥の部屋は、開かずの扉のままの“魔境”でした。

訪問看護はすでに打ち切られ、
デイケアも包括も、身なりがこぎれいなことから“問題がある”とは覚知されず、
支援を受けないまま生活を続けておられました。

通販で新たなモノを買うのは止めてくれたので、山がさらに高くなることはありませんでした。
ひとり住まいも難しくなっていくでしょうし、施設入居を『考えてもよいわよ』と一度は言われましたが、さらには進展しませんでした。

数ヶ月後には私も担当を外れてしまい、
その女性のその後がどうなったのかはわかりません。
しかし、あのとき、どうやったら解決できたのか、何が正解だったのか──
その問いを抱えたまま、私はいまも在宅医療を続けています。



院長の余白(2026年4月16日・晴れ)

ポリファーマシーのモデルケースをお目にかけましょう。

ある高齢女性は、慢性心不全と高血圧の治療に加えて、
下剤・胃薬・ビタミン剤・漢方薬などが重なり、毎日15錠余りを飲んでいました。
何度か訪問診療に伺ううちに、ご本人が『お薬を飲むのが大変なの〜』と話されました。
こうした言葉が出たときは、見直しのチャンスです。

漫然と続いていたビタミン剤と漢方薬は中止し、胃の症状がないため胃薬もお休みにしました。
下剤は1日1回に調整し、降圧薬は1日1回のARBとβ遮断薬に整理しました(慢性心不全では大切な薬です)。
数回の調整を経て、最終的に1日3錠になりました。

薬を大きく減らすときには、必ずお伝えするようにしています。
「お薬の数が物足りなくなっちゃうけど、大丈夫」
「何かあればすぐ相談してくださいね、元に戻すこともできます」

その後に何か問題が生じる例は…ほぼありません。
薬を減らすことが目的ではなく、状態に合わせた取捨選択、が大切だと感じています。


院長の余白(2026年4月13日・晴れ)

ポリファーマシーという言葉をご存じでしょうか。
先日、藤が丘病院で講演を拝聴し、あらためてその重要性を感じました。

ご高齢になるほど、病気が増え、薬も増えていきます(多剤併用状態)。
しかし、5〜6種類以上の内服薬を続けると、副作用のリスクが有意に高まることが知られています。
薬が多いことにより、諸々の問題を生じているのがポリファーマシーです。

そして、副作用を“新しい病気”と勘違いして、さらに薬が追加される。
これがいわゆる処方カスケードです。現場では、珍しい話ではありません。

長い年月の中で積み上がった薬を減らすのは、医療者にとっても勇気が要ります。
「本当に減らして大丈夫だろうか」という懸念があり、中止する根拠も組み立てなければなりません。

それでも、薬を見直して減らしたことで、
「なんだか元気になった」「眠気がなくなった」「食欲が戻った」
そんな変化を見せてくれた方を、私は何人も見てきました。

薬は必要なものですが、“増やすこと”だけが医療ではありません。
ときには“減らす勇気”が、生活を取り戻す一歩になります。


院長の余白(2026年3月10日・雨のち晴れ)

新規開院しまして、地域に少しでも早く溶け込むべく、事業所へご挨拶に回る日々が続いています。
訪ね歩いていると、ときどきこう尋ねられます。
「お一人で回っているんですか?」
──ええ、率先垂範というやつです。

どうしても忘れられない言葉があります。
以前、ある事務長さんがふと漏らしたひと言です。
「医師じゃないから、『何ができるのですか?』に答えられないのですよ」
その言葉は、胸の奥に強く残りました。

かつて医療法人で働いていた頃には、こんなことも言われました。
「この前に来た(営業の)人は“なんでもできます”って言ってたのに!」
──そう言われましても、医療には“できること”と“できないこと”があり、
時には医学的にも、医療法的にも、どうしても越えられない線があるのです──。

この「できる/できない」の事実と、
「してほしい/してくれるはず」という思惑の不一致は、
双方に不利益を生じる、残念な出来事になりかねません。

それゆえ当院では、院長である私自身が地域を回り、
その場でいただいたご質問に、できる限り正確にお答えするようにしています。

そして自ら足を運ぶことで、それぞれの事業所の立地や空気の流れなど、
地図やリストの”文字”では得られないものを感じ取ることができます。
この感覚は、きっと後々の診療や連携の場面で役に立つだろうと思って(信じて)、
今日もまた白いクルマを走らせています。