院長の思い出話 「小バエがブンブン」
思い起こされる、とある一例。
支援の手が届きにくい場所に、ひとりでお住まいの高齢女性。
そのお宅の玄関を開けると、数時間は鼻の奥に残りそうな重い匂いが立ちのぼりました。
タタキをあがり、両側にモノが積まれて獣道のように細くなった廊下をたどると、ようやくキッチンにたどり着きます。
ダイニングテーブルには通販で買ったと思われるモノが積まれて地層となり、ひとつの山をなしていました。
シンクは……文字にはできない惨状。
同行していた看護師が、黒い液体でベタベタした床に置かれていた買い物袋に軽く触れた瞬間、ぶわっと小バエが湧き上がりましたが、『きゃっ』とか声を上げなかったのは、さすがでした。
『この部屋の、何が問題なの?』『別に、困ってないわ。』
そう明るく言う、この部屋とは不釣り合いにこぎれいな身なりの部屋の主。
ケアマネは室内に入らせてもらえない。
私らは数回の交渉の末にようやくキッチンまでたどり着きましたが、その奥の部屋は、開かずの扉のままの“魔境”でした。
訪問看護はすでに打ち切られ、
デイケアも包括も、身なりがこぎれいなことから“問題がある”とは覚知されず、
支援を受けないまま生活を続けておられました。
通販で新たなモノを買うのは止めてくれたので、山がさらに高くなることはありませんでした。
ひとり住まいも難しくなっていくでしょうし、施設入居を『考えてもよいわよ』と一度は言われましたが、さらには進展しませんでした。
数ヶ月後には私も担当を外れてしまい、
その女性のその後がどうなったのかはわかりません。
しかし、あのとき、どうやったら解決できたのか、何が正解だったのか──
その問いを抱えたまま、私はいまも在宅医療を続けています。