「院長の裏話」

EpisodeⅠ

生まれたときは「布袋様」と呼ばれていました。
丸くて、重くて、なんとも言えない顔だったそうです。

1歳になっても、頭が大きくて重すぎて“おすわり”ができませんでした。
座ろうとすると、コロンコロンと倒れていく。
二歳上の姉が、そのたびに支えてくれていたとか。

2歳になっても、『パパ、ちゃっ』としか喋れず、保健師が本気で驚きました。
母は、ただ苦笑いするしかなかったそうです。

3歳になったころには、親族に「発達が遅すぎる」と心配されていましたが
祖父だけは『大器晩成だから、大丈夫だ』と太鼓判を押してくれました。
(その自信はどこから来たのやら)

そして今。転ぶのを支えてくれた姉より先に、診療所長になりました。
人生は、本当にどこへ転ぶかわからないものです。

2026年09月05日

EpisodeⅡ

子どもの頃、家の近くの橋の上から、線路を走る電車を眺めていた。
その時間は長く続いても、飽きることがなかった。

やがて、自分で時刻表をめくり、行き先を決め、切符を買い、『ひとり列車旅』を始めた。
小学校四年生で、伊豆の伊東へ電車で往復してきた。
五年生では新幹線で名古屋へ、そこから福井、金沢、軽井沢、上野へと一日で乗り継いだ。
六年生では夜行列車(車中泊)に味を占めた。

中学生になると、列車旅はさらに広がった。
当時には多く走っていた夜行列車と、国鉄の「乗り放題きっぷ」を使い、
観光はほとんどせず、朝から晩まで、あるいは夜通し列車に乗り続けていた。
一年生で東北をぐるぐると徘徊し、
三年生では青函連絡船で北海道に渡り、北海道内を夜行列車で行ったり来たりした。

ひとりで出かける本人もなかなかだが、送り出す親もまた大胆だったと思われる。
今では、あの頃のような旅はなかなか難しい。

2026年09月05日

EpisodeⅢ

研修医の頃、仕事が多くて忙しく、 毎日24時を過ぎるまで働いていました。
夕食を摂ることなど、とうてい叶わない日々でした。

ある夜、やはり夕食を食べ損ね、
売店の自動販売機で買ったメロンパンを、深夜の非常階段に座って食べました。
悲しくて、涙が出てきました。

あの頃のつらさに比べれば、
その後も、今も、どうということはないのです。

2026年09月08日